アダルトチルドレン(AC)とは?原因・問題点・3つの解決方法

アダルトチルドレンとは

あなたは、自分のことが好きですか?

自分を好きになれる、というのは
とても幸せです。

なぜなら、あなたが一生付き合っていく
「唯一の人」が「自分」だからです。

>>正直言って、あまり自分のことが
好きじゃないんだよな、
大した人間じゃないし…

と、あなたは思われましたか?

もし、思われたとしたら、
それはとても、もったいないことです。

もったいないですし、

もしかしたら、
「アダルトチルドレン」かもしれません。

>>はぁ?別に病んではいないよ、
普通に社会生活できてるし

と、あなたはおっしゃるかもしれません。

おっしゃるとおりです。

なぜなら、「アダルトチルドレン」とは
病気ではないからです。

ないのですが、

あなたの本当の価値を
見えないようにしてしまう
「間違った心の状態」なのです。

この記事では、

「アダルトチルドレン」というものにフォーカスし、
「なぜ、あなたの価値が見えなくなってしまうのか」

について解き明かし、
それに立ち向かうための
武器を手に入れてもらいます。

そして、この記事が、
あなたが自分のことを
心から好きになれる
大きなきっかけになることを
願っています。

目次

1:アダルトチルドレン(AC)とは
2:アダルトチルドレンの原因
3:アダルトチルドレンの問題点
4:アダルトチルドレンは軽減できるのか
5:アダルトチルドレンに立ち向かう3つの武器
6:まとめ

 

1:アダルトチルドレン(AC)とは

「アダルトチルドレン」という単語を、
そのまま日本語にスライドすると
「大人な子供たち」になります。

なぜ「子供」というのかというと、
もともと、「アダルトチルドレン」というのは
「アルコール依存症の親のもとで育った子供」
のことを指していたためです。

しかし、時々耳にする
「大人になりきれない、
(子供みたいな)幼稚な人」
という意味ではありません。

これは、あなたも
なんとなくお分かりになると思います。

また、「アダルトチルドレン」とは、
冒頭でもお話したとおり、
病気ではありません。

どちらかというと

  • 「極端な性格」
  • 「精神的に、一定のよくない傾向を持っている」

という「状態」のことです。

では、
「アダルトチルドレン」とは
どのような「状態」をいうのでしょうか?

いろいろ調べてみたのですが、
一般的に流布している定義が
妙にコムズカシイです。

例えば、

wikipedia先生によると

「機能不全家庭で育ったことにより、
成人してもなお内心的なトラウマを持つ」
という考え方、現象、または人のことを指す。

引用元:wikipedia

わかったような、わからないような
ふわふわした感じですよね。

「機能不全家庭」って?
内心的なトラウマって?

いまいちピンときません。

意味を調べてみますと、

「機能不全家庭」とは
「家庭が正常な機能を果たしていない」

要するに
「親が子供を可愛がってあげていない」
ということのようです。

そして、

「内心的なトラウマ」とは
そのこと(可愛がられなかったこと)により
子供の心が傷ついてしまい、
その傷の痛みのために
生きづらくなってしまう、
ということのようです。

以上の理解を踏まえて、
この記事では、
「アダルトチルドレン」を
以下のように定義します。

「親子関係に問題があったために
子供の心が傷ついてしまい、
大人になってもその傷が
痛み続けている状態」

痛みの程度は人によりますが、

傷が痛み続けているために、
生きることが
「なんとなく重く、辛い」
という状態になってしまっているのです。

その「生きづらさ」の一つとして
「自分を好きになれない、
自身を持てない」
という状態があるのです。

2:アダルトチルドレンの原因

では、生きることが辛くなる、という
アダルトチルドレン状態に陥ってしまう
原因はどこにあるのでしょうか?

さきほどの定義
「親子関係に問題があったために
子供の心が傷ついてしまい、
大人になってもその傷が
痛み続けている状態」
をもとに紐解いてみます。

2-1:親子関係の問題

基本的に、親というのは
「子供が生まれたことを心から祝福し、
無条件に愛情を注いであげる」
のが普通の状態である、といえます。

なぜなら、子孫(子供)を残す、というのは
人間の本能的欲求であり、
その欲求が現実化した「自分の子供」には
溢れんばかりの愛情を注ぐのが
自然である、と言えるからです
(野生動物には、そんな感じが溢れています)。

とすれば、
問題のある親子関係というのは、
親が
「子供が生まれたことを祝福せず、
無条件に愛情を注がない」
ことである、といえます。

具体的には

  • 暴力・虐待
  • ネグレクト(無視・放置)
  • 親の精神が不安定(短気など)
  • 親の気分で八つ当たりされてしまう
  • 頑張ったのに失敗したら怒られる
  • 親の気分で我慢を強いられる

など、
親が子供を振り回してしまっているのです。

このような中で育ってしまうと、
子供の心は揺らぎ始めます。

なぜなら、

自分(子供)はまだ全く無力なのですから、
親に受け入れてもらえないと、

自分の存在自体に疑いが生じ始め、
(ボクはいったいなんなの?
ここにいていいの?という感覚)

しっかりした実存感
(自分は今ここにいる、という感覚)を
持つことが出来ないからです。

そういう状態が毎日続いてしまうと
子供の潜在意識にその「存在への疑い」が
「低温やけど」のように染み込んでいき、
やがて「容易に癒えない傷」
になってしまうのです。

特に、
虐待やネグレクトになってしまうと
もう犯罪的です。

子供の存在の全否定です。

そういう目にあってしまった子供の
悲しみと恐怖は峻烈を極めているでしょう。

このように、人間(というか、動物)本来の
「親が、自分の分身(子供)を心から愛でる」
という心情が欠けている関係、が
「問題のある親子関係」といえます。

2-2:癒えることのない痛み

では、アダルトチルドレンの
傾向がある人達は
具体的に、どのような
「癒えることのない痛み」を
抱えているのでしょうか。

2-2-1:自分との関係

前項で紐解いた
「問題のある親子関係」の中で
生活している子供は、
人としての情愛を知らずに
成長してしまいます。

なぜなら、
人が生まれたらまず一番に知るべき
「無条件の愛情」を知らないため
根本的な安心感を
得ることが出来ないからです。

生まれたときの、
親の「無条件の愛情」とは、
言ってみれば、
子供の成長にとっての
肥料のようなものなのです。

そして、

生まれたときから、
親の「無条件の愛情」という肥料を
たっぷり与えられることによって
人は、地面にしっかりと根を張った「自分」を
確立できるのです。

その「肥料」が全く無いか、
著しく少ない状態ですと
地面にしっかりと根を張ることが出来ません。

根を張れないとどうなるのか?

とても弱々しい自我しか育ちません。
弱々しいので、
自分の存在を肯定することが
できなくなるのです。

根をしっかり張ることが出来ていないため、
「自分」というものが
とてもふわふわした、
実在感
(「ボクは今いきているんだ」という感覚)が
薄いものになってしまうのです。

その結果、

  • 自分に自信が持てない
  • 自己評価が低くなってしまう
  • 自分なりの価値観(基準)を持てない
  • 自分の悪いところばかりが気になる
  • 自分の感情がわからない
  • 自分を押し殺してしまう
  • 自分の将来に対してネガティブになってしまう

という「自分を必要以上にサゲる」
という状態になってしまいます。

2-2-2:他人との関係

また、
「無条件の愛情」を注いでもらえない結果、
親との「情のキャッチボール」
をする機会がありません。

情のキャッチボールとは
非常に簡略化すれば

  • 「ボク、パパとママのことだいすきだよ」
  • 「パパも、〇〇のことだいすきだよ」

みたいなものだと考えてください。

恐らく、問題のない親子であれば
「情のキャッチボール」
言葉のやりとりでなくても
日常的に行っている、と考えられます。

これによって子供は

  • 人に対する安心感や信頼感
  • 自分の感情を表現する
  • 損得抜きで人と接する
  • 人と親密な関係を作ってゆく

という
「スムーズな対人関係の基本」
感覚として学び取っていくのです。

しかし、

この「情のキャッチボール」の経験がないと、

  • 人を信頼できない
  • 安心できる、気が置けない人がいない
  • 自分の感情を表現できない
  • そもそも人に対してプラスの感情を抱けない

という「ニンゲンこわい」のような
状態に陥ってしまうのです。

そして、

アダルトチルドレンの
傾向がある人の中には
親の機嫌での「情のキャッチボール」なら
できていた人もいます。

例えば

  • 上手にできた時「だけ」褒めてもらえた
  • 親の機嫌がいい時「だけ」優しくしてもらえた

などです。

こういう親の機嫌での「情のキャッチボール」
しかしていないと、

  • 人の機嫌ばかり伺うようになる
  • いつでもいい子でいようする
  • ありのままの自分には価値がない

と考えてしまう
(無視や放置されている時のほうが多いから)

褒めて(認めて)ほしいから、自分を押し殺して頑張ってしまう

という

「自分不在」キャラに
育ってしまうのです。

2-2-3:共依存(きょういそん)

さらに、
これはアダルトチルドレンに
限らないのですが、
今時の人間関係全般に内在する
大きな問題である、と考えるので
特に一項を設けてお話してゆきます。

「共依存(きょういそん)」についてです。

>>お互いに依存し合うってこと?
むしろいいことなんじゃないの、
ささえあってる、みたいな感じだし

と、あなたは思われたかもしれません。

しかし、

これは、そのような「いい関係」
ではありません。

では、いかなる意味か?

以下引用します。

共依存を一言でいえば、
「他者に必要とされることで、
自分の存在意義を見い出すこと」となる。

~中略~

つまり、自分の内面が空虚で
他者の評価を必要とするだけでなく、
他者の評価を獲得するために
他者を道具として利用する人たちのことをいう。
一般的傾向としては、
他人の世話を焼きたがる割には、
他人に対して不誠実で策謀的な点があげられる。

引用元:共依存

これは、アダルトチルドレンより
もう少し大きい概念なのですが、
アダルトチルドレンに
当てはめて考えてみますと、

「無条件の愛情」を注がれることや、
「情のキャッチボール」がない状態で
大人になってしまった結果、

自分というものが「かげろう」のように
今にも消え入りそうになってしまっているため、
その消え入りそうな自分を
誰かのために犠牲にすることによって
実存感を保とうとする状態、
ということなのです。

そして、
先程の引用をよく読んでいただくと
「~他者を道具として利用する人」
と書いてあります。

つまり、自分を犠牲にする「動機」が
「誰かのために」という
「本来の自己犠牲精神」ではなく、

「誰かに認められたい」
「誰かに褒められたい」
という、「エゴ」なのです。

「相手のため」ではなく
「自分のため」なのです。

こういう傾向の人は
他人をおもんぱかる、
ということをしませんので
悪事に加担したり、
犯罪の片棒を担いだり、という
「ロボット」のように
「認められるためなら
他人次第で何でもやる」
という事になってしまうのです。

2-2-4:ドラマに描かれていた「共依存」

私が昔、チラ見したドラマで
この「共依存」にふれているものがありました。

大まかなあらすじはこんな感じです。

主人公の中学生(多分)の少年は
親とほとんど口を利こうとしません。

父親が大企業に勤める人で、
体面を非常に気にする人なので、
少年は親に対して
完全に心を閉ざしてしまっています。

しかし、その少年にはたった一人だけ、
心を開いている先輩がいました。

しかし、その先輩は
札付き(死語?)のヤンキーで
誰からもまともに
相手にされていないような人でした。

ある日、その先輩が、
主人公の少年にこう言います。

「俺、革ジャン買いたいから、カネがいるんだよ。
お前、親父の財布からいくらかくすねてこいよ、
これからも仲良くやっていきたいだろ」

少年は、さすがに盗みは良くない、
と思いましたが
先輩との友好関係(と思いこんでいる)を
壊したくない一心で
父親の財布から
おカネを盗んでしまうのでした…

陳腐な内容ですが、
このストーリーは
「共依存」というのがどういう関係か
非常に端的に表しています。

「奉仕の精神」という
ガンジー的な高貴な精神ではなく、
あくまでも自分のエゴなのです。

そして、この関係のポイントは
お互いに、自分のエゴで
相手をコントロールしようとする
ということです。

>>さっきのドラマの少年は
一方的にコントロールされてるだけじゃないか?

とあなたは考えたかもしれません。

そのように見えるのですが、
実は、少年の心理としては

「父親の財布からおカネを盗めば
先輩は自分との友好関係を続けるだろう」

という気持ち、

要は
「おカネを盗む」という行為によって
「自分の存在価値を見出して、安心感を得る」
ために、先輩を(無意識のうちに)
コントロールしようとしたのです。

すなわち、共依存とは

自分:自分の存在価値を高めるため
相手:色々と動いてもらうため

お互いがなくてはならない存在になる、
ということです。

このように、「共依存」の関係というのは
一見相手のために献身的に尽くしているようで
実は自分が認められたいだけ、という気持ちが
根底にあるのです。

2-2-5:親子間での「共依存」

ではなぜ、親子関係に問題があると
「共依存」の状態になってしまうのでしょうか?

これは、2-2-1でお話した
「自分の存在を肯定できない」
という状態と、

2-2-2でお話した
「親の機嫌での情のキャッチボール」
しか経験がないこと

が原因になっています。

まず、第1段階として
自分を肯定できない

⇒自分の実存感が薄くなる
⇒自尊心が低くなってしまう
⇒自分自身に対して否定的になる
⇒その否定的な思いを取り払いたい
⇒他人に認められようとする

という流れを辿ります。

さらに

「親の機嫌での情のキャッチボール」で
「親が褒めてくれた(認めてくれた)」

ことにより、

「また認めてもらいたいから」

自分の気持より
親(人)の顔色(機嫌)をうかがうことを
一番に考えるようになってしまうのです。

要は、
自分を押し殺して(我慢して)まで
親(人)に認められようとしてしまう、
ということです。

ここでひとつ注意ですが、

他人に認められようとする事自体は
何も問題はありません。

逆に、そういう気持ちがあったほうが
いいかもしれないくらいです。

問題なのは
他人に認められようとする気持ちが
強すぎて、自分を押し殺してしまう、
ということです。

そして
その根っこにある
「自分を否定する気持ち」
これが問題なのです。

しかもアダルトチルドレン状態の人は
それが「当たり前のこと」に
なってしまってるのです。

  • 自己否定する
  • 自尊心が低い
  • 自分を必要以上に小さくしてしまう

のが当たり前になってしまうと、

  • 自分の気持ちがわからない
  • 自分を押し殺しているので

辛さとか悲しさなどの感情がマヒしてしまう

  • 逆に「孤独感」とか「無力感」などの
    うざい感情が強くなってしまう

このような状態にハマってしまうので

  • 生きてても楽しくない
  • というより、むしろ生きることが辛い

という、
「おれはなんのために生きているのか」
状態になってしまうのです。

【本項まとめ】
長くなってしまったので一旦まとめます。

  1. 子供は、親から「無条件の愛情」
    を注がれるのが自然である
  2. しかし、親がその愛情を注がないと、
    子供の自我が揺らいでくる
  3. そしてやがて、
    子供が自分の存在に疑問を感じ始め、
    年月を経て自己否定感や自分を
    過小評価するようになってしまう
  4. さらに、親との「情のキャッチボール」
    をする経験が極端に少ないため、
    対人関係の基本を知らないまま成長してしまう
  5. さらに、その「情のキャッチボール」を
    親の機嫌でしか行えないと、
    人の顔色を必要以上に伺うようになってしまう
  6. さらに、「人に認められたい」という気持ちが
    必要以上に強くなってしまい、
    結果、他人に振り回される人生になってしまう

3:アダルトチルドレンの問題点

自分を否定する気持ちが強すぎる
アダルトチルドレン状態の人は
実生活で
どのような問題点があるのでしょうか?

3-1:他人との関係をうまく築けない

アダルトチルドレン状態の人は
人間関係の基本を学ぶべき時期に
そのための体験が乏しいため、

他人との付き合い方、とか
他人との距離感が
わからない人が多い傾向があります。

ありますので、

  • 嫌われることを避けるため、
    人間関係に及び腰になる
  • 時間の経過とともに
    親密になってゆくことが難しい
    (いつまでたっても距離が縮まらない)
  • 結果として、
    人間関係(友人や恋愛)が長続きしない
  • 人の顔色を必要以上にうかがってしまうため
    人といると緊張状態が続き、ストレスになる

など、「人間関係=大きなストレス」
となってしまう傾向が強いです。

生きていく上で
人間関係というのは
大きなウエイトを占めますので

アダルトチルドレン状態の人たち、というのは
生きていく上で
ストレスが大きなウエイトを占める、
ということになってしまいます。

アダルトチルドレン状態の
程度が大きい人だと
対人恐怖にまで進んでしまいます。

3-2:自分の価値が正しく見えなくなる

アダルトチルドレン状態の人は
自分を否定し、卑下する傾向が強いため、
自分の「本当の価値」を
見ようとしません。

例えば、

  • 本当は素直で陽気な、
    とても人に好かれるキャラクターだったり、
  • 気は優しくて力持ち、とても頼りになる
    「いいお父さん」キャラだったり、
  • とても気が利いて、いい奥さんになれそうな
    「大和撫子」キャラだったり

といった、

本来のその人の「いい部分」が
自分で見えなくなってしまうのです。

いい食材を使っているのに
料理の腕がへっぽこなために
あまり美味しくない料理が
できてしまうようなものです。

もったいないのです。

せっかくの人生なのですから
アダルトチルドレン状態など、
少しでも軽減させて
「あなた本来の価値」全開で
生きるべきなのです。

4:アダルトチルドレンは軽減できるのか

では、アダルトチルドレン状態は
軽減できるのでしょうか?

完全に軽減する、というのは
難しいでしょう。

なぜなら、原因が
「育った環境」という「過去」

すなわち、
「永遠に取り除けない」
ところにあるからです。

>じゃあ、一生自分を好きになれないまま
生きづらさを我慢しなきゃいけないってことか?
うんざりしてくるな…

と、あなたはおっしゃいましたか?

大丈夫です。

完全になくすことはできませんが、
少しでも良い状態に持っていくことは可能です。

なぜなら、
アダルトチルドレンとは
「心の状態」
すなわち「主観」です。

そして「主観」とは
「自分の物事の捉え方」です。

その「捉え方」を変えればいいのです。
要は、「上書き」をすればいいのです。

>だけど、育ちに問題があったんだったら
結構根が深いんじゃないか?
捉え方を変えたくらいで
軽減できるのか?

と、あなたは疑問に感じたかもしれません。

大丈夫です。

一日一歩でも、半歩でも前進(軽減)すれば

一年後には
今より確実に軽減されているのです。

その日をイメージして
少しずつ進んでいきましょう。

5:アダルトチルドレンに立ち向かう3つの武器

さて、前項で
アダルトチルドレンとは
「心の状態」
すなわち「主観」である、と
お話しました。

「主観」とは、究極的な話をすれば
「気の持ち方」ということです。

ということは、
アダルトチルドレンとは、究極的には

「育ち方によって、一定の『気の持ち方』を
するように学習してしまった状態」

と言いかえることもできます。

単に「学習してしまった」だけです。
後天的なものに過ぎません。

であるならば、気の持ち方を
少しずつ変えてゆけばいいのです。

ポイントは「客観的に見てみる」です。

5-1:書く

まずは、書いてみることです。

書くことには、
カタルシス効果(浄化作用)があります。

参考リンク:カタルシス効果のストレス解消になる使い方 [心理学的リラックス法]

書くことによって
心に巣食っている
ネガティブな感情を掃き出し
(誤変換ではありません。心を掃除するイメージです)

客観的に直視することが
できるようになるのです。

ここまでこの記事を
読み進めてくれたあなたは、

程度の差はあれ、
アダルトチルドレンの
傾向があるのではないか、
と考えます。

ということは、幼いころに
親御さんとの間で、
なにかしらの悲しい体験が
あったのではないか、と想像します。

その体験を思い出して、
紙に書き出してみるのです。

5-1-1:私の悲しい過去

例えば、私の場合、
いまだに納得がいかない出来事が
小学校低学年の頃にありました。

ある日、母にこのように頼まれました。

「今からお母さんの友だちが来て、
一緒にお茶飲むのよ。
だから、下のスーパーで
良さそうなお菓子買ってきて」

私はお金を受け取って
当時住んでいた団地の1階にある
スーパーに行きました。

「お茶を飲む」といっていたので
和菓子がいいだろうな、と思った私は
ようかんを買って帰りました。

そして、そのようかんを母に渡した時、
母の口から信じられない言葉が飛び出しました。

「何でようかんなんて買ってくるのよ!」

お茶飲むって言ってたよな…と思っていると
さらにわけの分からない一言が…

「お母さんがお茶、っていったら
コーヒーのことなのよ、
ようかんなんて合うわけ無いでしょ。
お母さんが自分で買ってくるわよ!」

と言い捨てて、母は買い物に
行ってしまったのでした。

私は心の中で叫んでいました。

「お茶」が「コーヒー」のことだなんて
子供がわかるわけないだろ!

と、思いながらも、
なにか悪いことをしてしまったような
気持ちになったのを覚えています。

※まあこんなこともありましたが
我が家はさほど大きな問題もなかったので
わたしのアダルトチルドレン度は、
お陰様でそれほどでもありません。

このように、
ネガティブなエピソードも
紙に書き出して、客観的に見ることによって
距離をおいてみることができるようになります。

距離をおいてみれば
そのエピソードが
どのように自分の心に影響を及ぼしているのか
まで見えてくるようになります。

なりますし、

先程少しお話した「カタルシス効果」
多少は心が軽くなります。

これを毎日5分でもいいから続けて行けば
すこしずつ心の「こだわり」が
溶けてゆきます(実体験)。

さらに、

「ネガティブな出来事や気持ちを
紙に書いて客観的にみる」

ということを
日常の習慣にしてゆくと
ストレスがたまることが激減します。

なぜなら、毎日すこしずつ
ガス抜きしているようなものだからです。

例えて言えば「お○ら」のようなものです。
お腹にたまったガスを
毎日少しずつ「お○ら」で出しているから
私たちは健康を保っていられるのです。

しかも、紙とペンさえあれば
どこでも実行できます。

今、この瞬間から取り組んでみることを
オススメします。

5-2:叫ぶ

>海に向かって「バカヤロー!」か?

とあなたは思われたかもしれません。

そんな「昭和」な方法ではありません。

たしかに場所を選びますが
書くよりさらに有効かもしれません。

なぜなら、これはれっきとした
心理療法として
アメリカでおこなわれていたからです。

ジョン・レノンやスティーブ・ジョブズも
この療法を受けています。

デリケートな部分に関わってきますので
あなたが興味をお持ちなら、
「原初絶叫療法」で
検索してみてください。

参考リンク:ジョブスも実践していた、「叫ぶ」セラピーとは!?

5-3:許す

最後は、
「自分自身を許す」ことです。

あなたが書き出したエピソードを
読み返して、

「まあ、このときはこれで
しかたなかったんだよな、

自分なりに必死で生きた結果だよ、

今日までなんとかなってきたんだ、

自分は間違ってなかったんだよ、

これでよかったんだ」

と、優しく語りかけるように
してみてください。

できれば、書き出したエピソードに
書き加えてみるといいですね。

アダルトチルドレン状態の人は
「自己否定」の心が
ことさらに強いです。

この傾向を変えてゆくには
最初は意識して
「自分を許す」ということを
してみてください。

ポイントは、「バカボンのパパ」です。

参考リンク:バカポンのパパ

要は「これでいいのだ」
精神で行きましょう、ということです。

アダルトチルドレン状態の人のメンタルは
バカボンのパパと正反対なのです。

いつでも
「これじゃだめなのだ」
なのです。

今日から少しずつ
「バカボンのパパ」
なってみることをおすすめします。

【本項まとめ】

  1. アダルトチルドレンとは心の状態であり、
    要するに気の持ち方=主観である
  2. 主観は、意識することによって、
    少しずつ変えてゆく(上書きする)ことができる
  3. それにはまず、客観的な視点をもつように
    意識することが必要である
  4. 具体的には1:書く2:叫ぶという、
    「カタルシス効果」のあることを
    毎日少しずつやってゆくことが有効である
  5. そして、根本的なメンタリティとして
    「これでいいのだ」と、
    自分を許してあげることである

6:まとめ

駆け足でしたが
アダルトチルドレンというものについて
お話してきました。

アダルトチルドレンは
病気ではない、とはいっても

現実にその状態に陥ってしまっている人は、
日々つらい中を、少しでも前向きに生きている、
と想像します。

そんなあなたに、
ぜひ知ってほしい

アダルトチルドレンの
超大御所のお話をして
終わりにしたいと思います。

その超大御所とは
「夏目漱石」です。

漱石も、幼いころに養子に出されたり、
養親が揉めて実家に戻ったり、と
「親子関係に問題がある」幼少時代を過ごしました。

そんな彼の作品のなかで
アダルトチルドレンの要素が
垣間見えるものを
ご紹介します。

といっても、

ご紹介するのは
漱石の小説「坊っちゃん」の「解説」です。

この解説が
「アダルトチルドレン」状態を
軽減するヒントを得る上で
非常に秀逸だったので
引用させていただきます。

だが、『坊っちゃん』が、
このような寂しさの認識にととどまっていれば、
この小説は決して多くの読者に愛されつづける
名作とはならなかったに違いない。

『坊っちゃん』を名作にしているのは、
この作品に底流している暖かさである。

そして、その暖かさの根源に潜んでいるのが、
坊っちゃんのすることならなんでも正しいと信じ、
いつも黙って彼を受け入れてくれる
ばあやの清の存在であることは言うまでもない。

~中略~

坊っちゃんは敗れたが、
彼には帰るべきところがあった。

それは清の家であり、
究極には地の底の
「妣(はは)なるもの」の潜む場所であった。
そこにこそ漱石の渇望する暖かさの、
源泉があったのである。

※()の読み仮名は筆者

引用元:夏目漱石「坊っちゃん」新潮文庫
昭和58年4月20日(第89刷)
P155-156:上記「解説」の筆者は江藤淳氏

漱石の渇望する「暖かさ」
それは
現代を生きる我々のほうが
その「渇望度」が
大きくなっているような気がしてなりません。

そして、最後の最後に、
あなたにお伝えしたいことがあります。

さきほど【5-2:叫ぶ】で言及した
ジョンレノンのメッセージです。

彼は恐らく現代に活動していたら、
間違いなく
「アダルトチルドレンミュージシャン」
と言われていたでしょう
(そんな分類はありませんが)。

なぜなら

  • 生後まもなく父親が失踪
  • 母親も育児放棄し、
    母の姉(ジョンにとっては叔母)
    に育てられた
  • ジョンが5歳の頃に父親が戻ってきたが、
    親権について揉めた
  • ジョンが14歳のときに
    母が交通事故で亡くなった

という、かなり不遇な少年時代を送ったからです。

そんな彼は、「GOD」という歌で
このようなメッセージを投げかけています。

「僕は僕だけを信じる」

そしてさらに、こうも言っています。

「もう僕は生まれ変わったんだ」

なぜジョンは
この境地に至ったのでしょうか?

それは、生涯の伴侶である
オノヨーコという

「妣(はは)なるもの」
を見つけたからなのです。

あなたも「妣(はは)なるもの」
を見つけ、

自分を全肯定することが
できるように願っています。

最後までありがとうございました。

 

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