読まなきゃ損!意思決定について押さえておくべき3つの分野と心理学

意思決定

私たちは
自覚のあるなしに関わらず
常に絶えず意思決定に対する
影響を受けています。

自身の外部からのものもあれば
内部からのものもあります。

自分で正しいと思った結論に対し
その結論に合致する答えばかりを
探してしまう脳のクセ。
(これを確証バイアスと呼びます)

または

  • 30%の確率で当たる
  • 70%の確率で外れる

意味は同じでも
受け取り方がずいぶん
変わるのではないでしょうか?

これはフレーム効果と呼ばれ
「何に目を向けるのか」
よって印象が変わることを指します。

そして、私たちには

利得よりも損失を回避したがる
(損失回避性)

という特徴があります。

さらになんと
これは利得を得る場合と比べて
2倍強い影響力を持ちます
(つまり損失の可能性がある場合利得を得る時と比べて2倍
人の意思決定に影響を与えるという意味です)。

あるいは、集団の中で
自身の振る舞い方がわからない時
人はその場にいる
他者の行動を見て真似をします。

まるでペンギンの最初の一羽が
水に飛び込んだかと思えば
それまで躊躇していた群れが
一斉にあとに続いて飛び込むかのように。

この記事では、これらの重要な
意思決定に伴う意思や
心身の働きについて

意思決定を左右する
あらゆる側面にスポットライトを
当てながら進んでいきます。

自分で何かを決める時
または人に何かを決めてもらう時

その心の中で起こることを
知っておくことにより
「それを知らない他者」より

自分にとって望ましい
意思決定をすることが
できるようになるでしょう。

そればかりか、時には
自身の身を助けることにも
繋がるのです。

さぁ、前置きはこれくらいにして
早速はじめましょう。

目次

1.脳科学から見た意思決定
2.経済学から見た意思決定
3.社会心理学から見た意思決定
4.終わりに

1.脳科学から見た意思決定

1-1:囚われた思考

意思決定と聞いて
あなたはまず
何を思い浮かべるでしょうか?

ここで注目すべきなのは
この言葉に対する反応は

「限定的」である

ということです。

これはいったい
どういうことでしょうか。

例えば
意思決定という言葉から
日本庭園を思い浮かべる人は
まずいないでしょう。

思い浮かべるものに
多少の違いはあれ
これはある意味では

意思決定という言葉に
まるで何かに繋がれたかのようにして
思考を拘束されている

という訳です。

なぜなら
意思決定という言葉について
思い浮かべるものが日本庭園で
「あってはならない」
理由など、どこにもないからです。

詳しくはのちほどにしますが

これは人々の意思決定を左右する
いわば自由意志に通ずる
お話になります。

私たちには本当に
自由意志があるのでしょうか?

それとも、それぞれの場面状況に
ただ「反応」しているだけに
過ぎないのでしょうか?

この問いにふさわしい回答を用意すべく
意思決定というキーワードに沿って

まずは脳科学の面から日常生活における
意思決定に迫っていきましょう。

読み終わる頃にはきっと
人間に対する理解や
自身の意思決定について
パラダイムシフトを
経験できることでしょう。

1-2:反射か、それとも反応か

まずは、ある言葉(または状況)に
対する反応が反射的・限定的に
ならざるを得ないというお話でした。

あまのじゃくな方は

「じゃあ自分はこれから
ある言葉を聞くたびに
全然関係ないと思われることを
思い浮かべてやるぞ」

などと考えたかもしれません。

しかしちょっと
待って欲しいのです。

なぜなら、それすらも
意思決定という言葉と
その説明を聞いた結果の
反応に過ぎないからです。

なぜなら、そう思った
まさにそのことも
「意思決定とその説明」
を引きずっていますよね?

もっと言えば、今なされた意思決定は
「意思決定とその説明を聞いたこと」
無関係ではないということです。

つまり、どこまで行っても
私たちは対象から逃れた反応を
することは困難なのです。

そして、ここまで反応という
言葉を使った説明でしたが

この反応の居場所はどうやら
反射に取って代わられることに
なりそうです。

反射と反応を比べると
反応の方がいくらか
自由度が高そうに感じます。

それは、反射がほぼ強制的な対応
(熱いものに触れた時に手を引っ込める等)

に対して、反応は幾重にも選択肢がある
(これまでの考え方からすれば
会話の切り返しはこちらでしょう)

と思われていたためです。

しかし実際はどうでしょうか?

人の反応というのは
実は反射的であると言えそうです。

1-3:好きと嫌いのメカニズム

考えることや
話す内容について

その反応は反射的である
というお話でした。

続いては、人の選択を左右する
好きと嫌いにまつわる話題です。

自分の好みは自分で決めている
とあなたはこれまで
思っていたのではありませんか?

では実際のところ
人の好みはどのように
決まるのでしょうか?

これについて
興味深い実験があるそうです。

まず、赤ちゃんに
白い動物のぬいぐるみを与えます。

人というのは

生まれながらにして
生き物に興味を惹かれる

という性質を持つため
赤ちゃんは当然、ぬいぐるみに
触ろうとします。

そこで、触ろうとした瞬間に
後ろで銅鑼(どら)を鳴らす
というものです。

当然ながら、赤ちゃんは
驚いて触るのをやめてしまいます。

これを何度か繰り返すと
どうなったでしょうか。

もっともながら
赤ちゃんはぬいぐるみに
近づかなくなりました。

そればかりか
なんと赤ちゃんは
「他の白いもの」も同時に
嫌いになったというのです。

病院ではナース服や白衣がそうですね。

これで人の好みが決まるまでの
一つの道筋が浮かび上がってきました。

本人は、どうして自分が
白いものを嫌いなのか
もちろん知らぬまま
過ごすことになります。

つまりは、今私たちが
好きなもの、嫌いなものについて
色々と説明することは

本当は理由など後付けであって
真の理由は本人にはわからない

ということになります。

好き嫌いと関連した
面白い事実はまだあります。

続けましょう。

1-4:正しさ、そして自由意志とは何か

好き嫌いの判断がなされる道筋が
明らかになったところで

今度はそれと関連した
「正しさ」について見つつ
人には自由意志があるのか
にまで話を進めます。

好き嫌いと正しさが
どう関係あるというのでしょうか?

実は、これが大いに
あるというのです。

「あなたの意見は間違っている!」

と言い張る人間が
いるとしましょう。

これを少し変えて、

「あなたの意見が私は嫌いだ!」

としてみました。
言い方は別にして、どうやら
意味は通じていますね。

人は、長く付き合ってきた
慣習や文化からも
人格や好みに影響を受けます。

挨拶や礼儀に厳しい家庭であれば
他者からの無愛想な態度に
面食らうこともあるでしょうし

綺麗好きな家庭で育てば
まったく片付けない人を見て
呆れることもあるでしょう。

人は知らぬ間に
長く身近だったものやことを
心地よいと感じ、それこそが
正しいのだと考えるようになります。

そのため、例えば
異国で生きていくには
最初にして最大の
この障壁を突破せねばならない
とも言えますね。

それゆえ、正しさというのは
人によってそう感じる理由があり

またそれは育っていく中で
形作られてきた、と言えます。
(時には本人の意図に反して)

好き嫌いとて決める時に
選択肢が自由であることは理想ですが

本人はどこまで好き嫌いを
意図的に決めているでしょうか?

この場合
本人のあずかり知らぬうちに
という点がポイントになります。

外部に左右される事実から
人の好みはほぼ勝手に

そして半ば半強制的な決まり方を
していると言えそうです。

他者から意図的に
仕込まれたものもあるかもしれません。

あなたはこの事実を
どう感じるでしょうか。

人はどこまで
自由だと思いますか。

1-5:まとめ

人の思考の自由度は
大空を羽ばたく鳥のそれではなく

ゲージという限られた
スペースの中で暮らす鳥である。

人は一見、普段は反射ではなく
反応に従っているように思えるが
よくよく分解して考えてみると
根本は反射的である。

好き嫌いを選んでいるのは
自分ではなく、周りの環境や経験など
本人以外の要素である。

ある人にとっての正しさとは
同じくその人にとって
「好き」や「嫌い」を
言い換えたものに過ぎない。

人の意思決定においては
自由である部分よりも
そうでない部分が多数を占める。

2.経済学から見た意思決定

2-1:人間、その不合理なるもの

さて、続いては
「お金」
にまつわる内容となります。

お金を扱う学問
と言えば経済学ですね。

従来の経済学では
人は合理的な経済人
(専門用語でホモ・エコノミカス)
として扱われていました。

つまり、常に
「自分にとって最も得になる選択肢」
を選び、そこから得る利益を
最大化するということです。

しかし、人は
機械ではありませんから
話はそう単純ではない
ことがわかってきたのです。

そればかりか、時には
本末転倒な選択をしてしまう
不合理性を持つのが人という
存在であるというのです。

この新たな真実を
発見した学問分野は
経済学に心理学の要素を加えた
「行動経済学」と名付けられました。

では具体的に
人の何がどのように
不合理なのでしょうか?

そして、不合理さが
私たちにもたらす影響とは
何でしょうか?

2-2:不合理な選択

選択肢がいくつかあることは
一つしかない場合に比べれば
素晴らしいことのように思えます。

しかし、注意すべきなのは
私たちは選択肢のいかんによって

「自身の欲求を知る」

ことになったり

「欲求を作り出される」

ことにもなりうるという点です。

この傾向が顕著なのが
三択における意思決定です。
どういうことなのか
冷蔵庫を例にみていきましょう。

  • 最低限の性能 5万円
  • 標準的な性能 15万円
  • 最高級の性能 30万円

ここに、同じ会社から
販売されている冷蔵庫が
あるとします。

これは松竹梅商法
とでも呼べそうですね。

そうです、人は三つある
選択肢から一つ選ぶ場合
「真ん中を選びやすい」
ことがわかっています。

高いものには手が出ないけど
ある程度の性能は欲しいから
保険をかけたい。

そう感じてしまう心理が働くため
人は真ん中の価格帯を選びがちです。

これを知ってか、売る側は
最上級の価格帯ではなく
一番売りたいものを
真ん中へと持ってきます。

では、30万のものを
主力商品にするためには
あなたならどうしますか?

その通り。それよりも
高級なモデルを用意して
値段の一番低いモデルを
廃止すれば良いのですね。

ただし、人にはそれ以外に
「アンカー」と呼ばれる、

それまでに
慣れ親しんできた
値段の基準値があります。

乗用車100万円で
驚く人はあまりいないでしょうが
トマトやピーマンで同じ値段を
提示されたら飛び上がるでしょう。

人々が値段と商品を
結びつけることを
「アンカリング」
と言い、これも価格操作に
とっては欠かすことができません。

なので、他社が冷蔵庫を
安く出している場合は

逆に下位モデルを追加する
選択肢もあるということには
注意が必要です。

売り手からしてやられないためにも
買い物をする際には
ぜひ覚えておきたい
意思決定の仕組みです。

2-2-1絶対的な基準の無さ

さて、三択における
意思決定の不合理さを
見てきたところですが

実は二択においても
人は困ってしまうことが
起こるのです。

例えば

  1. フランス7日間の旅
  2. イタリア7日間の旅

からいずれか一つ選ぶことを
迫られたとします。

どちらかの国に行く理由があるか?

よほど思い入れがあるのでない限り
そう簡単に決め切れる人は
まずいないでしょう。

そうなのです。
人が何かを決めるにあたっては
「比較対象」が必要なのです。

自分にとっての絶対的な
基準がある訳ではなく

判断はあくまで
何かと何かを比べた
いわば相対的になされるのです。

ではこうしましょう。

  1. フランス7日間の旅
  2. イタリア7日間の旅
  3. イタリア7日間の旅
    (ホテルのランクが一つ下)

この選択肢を提示されると
人は通常版のイタリア旅行を
選びやすくなるというのです。

同じイタリア旅行同士なら
少なくとも通常版を選んでおけば

ホテルのランクは
もう一つと比べれば
損はしませんから

冒頭で触れた損失回避性が働いて
その選択を無難に
感じるようになるのです。

これが、売る側として
フランス旅行を推していきたい場合

どうするべきかは
もうおわかりですね。

逆に買う側は
今一度選択したもので
本当に良いのか、

その場のみで
決めてしまうのではなく
冷静になってよく
考え直すことも必要になります。

さらに、先ほどの
旅行選びで起きた現象は
何かの新商品でも
起こることがあると言われています。

新商品でまだ
価格帯が一つしかない商品は
売れなかったのに

「新たに別の価格帯を追加した」

ことによって、人は商品同士を
比較できるようになり、結果として
買う人が増えたというものです。

それまではその商品を
買っていなかったのに、です。

これは価格帯によって
新たな購買欲を作り出された
とも言えます。

私たちは
元から厳然と欲しいものが
わかっているわけではなく

提示されたものにかなり
自身の欲求や意思決定が
影響を受けていると言えます。

2-2-2豊富過ぎる選択肢

二者択一や三択の次は
もっと選択肢が多い
場合のケースです。

このケースでの
興味深い実験があります。

それは、とあるデパートで
ジャムを売るという場面で

片方は6種類
もう片方では24種類の
ジャムを販売します。

さて、ジャムが
よく売れたのは
どちらだったでしょうか。

そうなのです。
「6種類の方が売り上げが7倍」
多かったというのです。

人は、提示された
選択肢が多すぎると
「選択麻痺」
と呼ばれる選択不可能な
状態に陥ってしまうのです。

こうなると
意思決定を先延ばしにしたり
または購入などの意思決定を
やめてしまう、というものです。

では、どれくらいの
選択肢がベストなのか
と問う方もいるかもしれません。

三択では真ん中が選ばれやすくなり
二択では人は決めきれず

その際は二択のうちの一つに
類似した、それでいて少し劣る
選択肢を追加してあげる

といったことで対策が可能でしたね。

私たちは、選択肢いかんによっても
意思決定に影響を受けている
ということは押さえておくと良いでしょう。

2-3提示のされ方で変わる意思

意思決定が揺らぐ要因は
まだ他にもあります。
フレーム効果と呼ばれるものがそれです。

あなたは、例えば今何か
決めきれない悩みを
持っているとしましょう。

ここでは便宜上
お付き合いしている
パートナーとの結婚を
するかしないか、という
悩みであることにします。

そこであなたは
占い師に相談したいと考えました。

2人いる占い師のうち

一方の占い師は
占いが当たる確率が2割。

もう一方は4割。

という情報を仕入れました。
相談できるのはどちらか1人です。

この場合、あなたなら
どちらに相談するでしょうか?

答えを決めてから
読み進めてみてください。

…なんですって?
少し簡単過ぎましたか?

ではどちらへ相談すべきか
の答えから出しますと
実は当たる確率が2割の方なのです。

なぜか?
それは、裏を返せばわかります。
占いの結果は
一方は
「8割の確率で外れ」
もう一方は
「6割の確率で外れます」。

これはつまり
「占い師の出した結論の逆を選べば」
それぞれ8割か6割の確率で
正しい結論にたどり着く
というわけですね。

当然、8割の方が
当たる確率は高くなります。

なんでもかんでも疑っていては
キリがありませんが
提示されたものを言い換えてみる

(1/3の確率で良いことが起こるとは
2/3の確率で悪いことが起こる
と言い換えることが可能ですね)

というのは、私たちの判断を
曇らせる影響から逃れる
きっかけを与えてくれるかもしれません。

2-4:まとめ

人が何かを選ぶ際には
選択肢の数によって
知らぬ間に意思決定に
対して影響を受けている。

他者に何かを選ばせたい時は
逆にそれを利用することもできる。

フレーミング効果によって
一見得なように見える選択肢も
別の表現に言い換えてみると
そうでもないということが起こる。

3.社会心理学から見た意思決定

3-1:流される心

私たちは、一見すると
自身で物事を決めているようでいて

しかしその決定までの
かなりの部分は他者や外部から
影響を受けていることが
わかってきました。

この章から触れていく
社会心理学では、社会と
名前に付くことからも

より外部要因へと
視点を絞って意思決定への
影響を探っていきます。

まず初めに登場してもらうのは
専門用語で社会的証明

いわゆる他者の真似
というものです。

私たちは、その場その場で
適切な行動を判断して
その都度行動を起こします。

しかし、その場の全員が、
その場にふさわしい行動が
まったくわからない状況に
陥ったとしたら?

そうすると、人は
他者の行動を真似することで
その場を切り抜けようとします。

本記事の冒頭で触れた
ペンギンの群れが、
まさにそれをよく表してくれている
と言えるでしょう。

人間に当てはめて考えるなら
大通りで立ち止まって

空を見上げている人が
何人もいれば、あなたもきっと
何かあるのかと気になって
同じように空を見上げるでしょう。

そして見上げる人が
増えれば増えるほど

通りかかった人が
さらに空を見上げる
確率は上がります。

逆に、誰も何もしていなければ
皆が等しく何もしなくなり

それは誰かが救助を
必要としている場合でも

その光景を見ている人が
多ければ多いほど
その傾向は強化されます。

いわゆる集団的無知の状況です。

しかし
他者の行動に影響を受ける
というのは何も人そのものを
目の前にしている必要はありません。

自殺に関する内容ですが
テレビで自殺の報道がなされたあと

亡くなった人とよく似た状況の人々が
つぎつぎに同じ道へ進むことが
わかっているそうです。

ニュースが人を殺める
というのは大袈裟なようでいて

人は他者の行動を真似する
という見えない力によって
実は本当にそういったことが
起こり得るのです。

アメリカでは
こんな興味深いケースが
あったそうです。

それは、とある宗教団体の悲劇です。

初めはアメリカ国内で
活動していた団体でしたが

教祖の意向により熱帯雨林という
メンバー未踏の地へと拠点し

みなが教祖の言うことに
唯々諾々と従って
集団で亡くなった事件です。

一見すると
あまりにおかしな
話であるように思えますが

しかし社会心理学から見れば
これは至極真っ当な
出来事だったというのです。

まったく馴染みのない土地で
どう振る舞うべきか
周りに参考にできる人がいないとなれば

人は自分のいる集団内の他者を
参考に自らの行動を決定します。

教祖から自殺を要請されて
狂信的なメンバーを筆頭に
毒杯をあおるのを見ていたメンバーは

先に触れた、ニュースで
知らない他者から影響を受けて

亡くなる人々よりもはるかに
強い力に突き動かされたと言えるのです。

私たちは、思っている以上に
他者の行動に影響を受けている
ということは納得いただけたでしょう。

3-2:お返しの魔力

続いては
与えることが持つ威力と
その威力を軽視すること
の危うさについて見ていきましょう。

より専門的に言うならば
「返報性の原理」
となります。

例えば、
私たちが相手から好意を受けた時
ただひたすらに受けっぱなしでは

なんとなくバツの悪い思いを
してしまうのはなぜでしょうか?

もらってばかりになると
早くお返しをして恩義の負債を
返したくなってしまい
その結果

返せるならなんでも良い

とばかりに相手から
受け取った以上のもので
お返しをしてしまう
ということさえ起こるのです。

これは全く知らない他者であっても
あまり好きでない人であっても

また、何かを与えられるのが
余計なお世話の場合
(つまり頼んでいないのに
一方的に押し付けられるなど)

でも同様に働くとされている
人間社会における強力な力です。

そもそも、人は
ただ貰うばかり求めるばかりでは

いずれその関係が続かなくなる
ことを知っています。

その昔は、食事ひとつとっても
毎日同じだけ食べられるかなど
わかりませんから

互いに補い合うということが
人間関係、強いては
人類の発展そのものにも
寄与してきたことでしょう。

そしてこれが功を奏し
長く続いてきたゆえに

私たちにとっては無自覚に
何かもらったらお返しをする

という反射的なパターンを
生み出すことになりました。

もちろん、しばらくは
それでうまく行っていました。

そう、悪用できることに
気づく人が現れるまでは。

相手にまず何かを贈っておいて
(つまり与えておいて)

その後、見返りとして
最初に与えた側の利益になるように
与えられた側を誘導する

という手口が誕生した瞬間でした。

試供品や試食について
採算が合わないのに
企業や店舗が無料で
品を提供すると思いますか?

これは、お返しの力によって
しっかり元が取れることが
わかっているがゆえに

消費者には無料で
差し出されているのです。
(ひと口につきひとつ商品を
買ってもらえるのですから)。

そして差し出されたものを
受け取った時点で
社会心理学者はあなたの未来を
ほぼ予測できることになります。

ただし気をつけなければならないのは
与えてもらうにあたっては
善意からのものもあるということです。

自身の身を守るために
他人の善意までを
無下にしてしまうのは
あまり得策とは言えません。

良い対策としては
まずは善意を差し出されたら
受け取ってしまえば良いのです。

そこから考えて
これはあとから搾取される
打算的であると判明した時には
搾取には搾取で返す

(つまり無料でもらったものは
そのまま無料でもらったまま
相手との取引を終える)

という対応をするだけです。

常に心の片隅に置いておくと
いざという時に役に立ってくれるでしょう。

3-3:決める前には、もう戻れない

最後を飾るのは
コントラストの原理という、人は

「直前の経験いかんによって
次の判断を一層大きく外してしまう」

ということについてです。

経験則としてイメージしやすいのは
軽いものを持ってから重いものを持つと

その重いものが
一層重く感じてしまったり

冷たい水に触れていた手を
お湯につけたら実際よりも
温かく感じてしまう

といったところでしょう。

コントラストによる効果が
これだけならば、まだ良かったのです。

たとえば
直前に大きなお願いをされて断った後

小さなお願いをされると
断りづらくなるというのも
この効果によるものですね。

さらにいえば
お返しの魔力という
先ほどの法則も相まって

先に相手に譲歩してもらったのだから
こちらも次のお願いくらいは
聞くようにしよう

という二重の力により
これを断ることはかなり
困難を極めるでしょう。

部屋を借りようとしている時であれば
あまり希望通りでない物件を見た後に、

値段も内装も希望通りの物件を見ると
より二件目の印象が強化されて
実際よりもよく見える

などといったことも起こります。

人の意思決定は
何かとの比較で為される
というお話は前にしましたが

脳は比較するものがなければ
そもそも選択できず

かと言って
脳にとっての絶対的な基準がないために
選択肢が多かったり少なかったり
では決めきれず

直前に見たもの触れたもの聞いたものに
次のものの印象を左右されてしまう
という特徴があるのです。

これまで見てきた
他の法則や原理と組み合わされることで
一つでは見破ることができたとしても

複数組み合わさっていれば
個人では何も影響を受けないことが
かなり難しくなるということは
理解していただけたでしょう。

3-4:まとめ

人は、自分が思っている以上に
周りからの影響を受けていて
自分の行動や意思を決める際にも
周りを真似したり参考にしたりしている。

人は、何かもらったり
またはしてもらったりすると
その恩恵の負債を返したくなり

結果として、明らかにもらったものと
釣り合っていないお願いであっても
もらったもの以上のもので
お返しをしてしまう。

それくらいに普遍的で強力な力が
お返し(返報性の原理)にはある。

何かを客観視する
というのはとても難しく

コントラスト効果によって
人は直前に見たもの、聞いたこと
触れたものなどにその後の印象や
考えを左右されてしまう。

これが何かを選ぶときに
その視野を曇らせる原因になる。

4.終わりに

いかがでしたでしょうか。
何か自身の身に置き換えて

ためになったこと
参考になったこと

が何かあったならば、
筆者冥利につきるというものです。

しかし、ここで最後に
重要なトピックを
お伝えしておかねばなりません。

それは
科学的に証明されている
学習プロセスに
関わることです。

人には意識と無意識の
二つの意識があることが
知られています。

人が読んで何かを学ぶ場合
まず落とし込まれるのは意識です。

この時点ではまだ
身についたとは言えず
時が経つと学んだ内容を
忘れてしまいます。

思い出すことも
意識的にでなければできません。

それを自身の血肉に変えるには
意識のその先、無意識まで
落とし込むことが必要になります。
ではどうすれば良いのでしょうか?

まず、一つ目は
「毎日その情報や文字に触れる」
ということです。

脳は毎日使われる回路を
より太く、強固なものにします。

例えるなら、

「毎日同じ人に電話をかけていたら
回線が勝手に太くなって繋がりやすくなる」

ようなものです。

これは
読むことを一度で終わらせず
繰り返し読むことで行えます。

すると
読んだ対象について1度目には
気がつかなかった点に気がついたり

違った面から捉えることが
できるようにもなると言います。

次に必要なのは
学んで得たことを自分なりに
何かに書いてみる作業です。

はじめのうちは
関連する単語が
いくつか出てくれば
良い方かもしれません。

しかし、
ある一定の閾値を
超えたあたりから

自然と言葉が
出てくるようになります

そうすればしめたもの。

点と点だったものが
線として繋がり始め

結果としてそれが無事に
無意識へ学びが到達した
という証拠になります。

何かの専門家、つまり
「プロと素人の違い」
はまさにここにあると言います。

何かのジャンルに沿った
内容を記憶するテストをした場合

その道のプロでは
脳内に様々な知識が
繋がって入っており

テスト内容を記憶することが
容易にできます。

一方で、素人は脳内に何も
参考にできるものがないため

それらをほとんど
記憶できないと言います。

つまりは、自分の頭に
線と線で繋がった
知識があるかどうか

これがポイントなのです。

ここまでくれば
普段の生活においても
自然と学んだ内容を活かしながら
意思決定を行えることでしょう。

お読みいただいた方々の
日々の意思決定がより良いものに
なることを祈っています。

 

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